「身体と脳の不思議な力:超適応の秘密」シンポジウムでは、科研費新学術領域研究「超適応」研究グループの最新研究成果を紹介し、それをリハビリテーションや健康増進にどのように応用できるかを議論します。身体と脳の適応性を探る革新的なアプローチを通じて、参加者の皆様の知見を深め、日常生活に役立つ実践的な知識を提供します。専門家による講演とディスカッションを通じて、未来の健康と福祉への新しい視点を共有します。

超適応の背景と超適応が目指すもの

未だかつてない速度で超高齢化が進む日本では、加齢に伴う運動機能障害や高次脳機能の低下、さらには認知症、意欲の低下、気分の障害、ひいては、極度の脳・身体機能の低下(フレイルティ)などが喫緊の問題となっている。健康な生活を脅かすこれらの多くの深刻な問題の背後には、加齢や障害によって変容する脳-身体システムに、我々自身が上手く「適応」できないという共通の問題が存在している。
 人の脳は100億超の脳神経細胞、身体は約200の骨、数百以上の骨格筋、無数の感覚受容器で構築されている。この非常に高い脳-身体機能の冗長性は、時として驚くべき人の適応力を生み出す。例えば、「左右手足の制御はそれぞれ反対側の大脳が担う」という脳神経科学の常識に反して、一側下肢を失った義足の幅跳び選手の脳は、義足を装着している下肢を左右両方の運動野で制御するという。特筆すべきは、このような驚くべき適応力は、実は誰の脳にも存在し得るということである。例えば、脊髄の損傷で片手が麻痺しても、脳は、発達の過程で抑制した同側運動野からの制御を再度活性化して、麻痺した手を通常とは異なる神経経路で制御する(Isa 2019)。
 これより「超適応(Hyper-adaptation)」の解明が上述の「共通の問題」を解決に導くと考えられる。なおここでは「超適応」を、「大規模な脳や身体への障害に対して、脳が、現在利用されている既存の神経系では対応しきれない場合,通常時には使われない(抑制されていた)潜在的機能等を再構成しながら、新たな行動遂行則を獲得する過程」と定義している。
 上記の背景を踏まえて、2019年6月~2024年3月の約5年間、文部科学省科学研究費新学術領域研究(研究領域提案型)複合領域研究課題「身体–脳の機能不全を克服する潜在的適応力のシステム論的理解」(領域代表者:太田順(東京大学大学院工学系研究科))が遂行された。
 当該領域では、大別して、(a)超適応現象の発見と解明、(b)超適応に関わるメカニズム解明、(c)超適応モデリング、の3つの観点からアプローチし,それぞれに分野において成果を挙げてきた。